遅ればせながらビットコインのホワイトペーパーを熟読したのが2016年、ビットコインの基幹となる「ブロックチェーン」の革新性と可能性に魅了されました。
2008年の誕生以来、完全なるP2P取引、Proof-of-work、発行上限2100万BTC(希少性)といった強固な定義を背後に、価格上昇が止まることを知らないビットコインは、中央集権型社会の既得権益者が横行跋扈する現在の流れを変える「ゲームチェンジャー」となり得る、と確信しています。
映画に目を向けてみると、海外ではビットコインを題材としたドキュメンタリー、フィクション映画が何本か製作・公開されましたが、日本では殆ど陽の目を見ないまま終わり、セキュリティトークンやWeb3.0を映画製作の資金調達に利用するというプロジェクトも、幾度か試されてはいつの間にか立ち消えとなっているようです。
こういった背景には、ブロックチェーンの持つ潜在的な可能性を、一般市民に知られたくない、危険な詐欺商品だと思わせておきたい、という政府やマスメディア側(= 中央集権型既得権益者)の思惑があるでしょう。
一方で、気付いていないのか、気付きながらワザとやっているのか、DeFiやNFTに代表されるWeb3.0や新規発行トークンを映画製作の”資金調達”に利用すること自体、非中央集権という思想に反してしまうという矛盾も、立ち消えとなる理由かもしれません。
インディペンデント作品制作では、クラウドファンディングの利用も多い様ですが、アカウント開設やプラットフォームに登録する際のKYC/個人認証手続き、プラットフォームに支払う手数料+決済料(10 – 25%)があり、返礼(リターン)の費用や手間暇まであるのです。プロジェクトへの賛同者からの「寄付」という善意の多くを、プロジェクトの始動前に「中央管理者」が吸い上げてしまうのが現状です。
私には、ビットコインの思想と、映画、音楽等インディペンデント作品制作の思想とは、とても近いように思えます − 別の言葉で表現するならば、既得権益に対する「反骨精神」のようなものじゃないでしょうか。
企業の資本と思惑が介入しないインディーズの制作と分散型台帳・非中央集権のビットコイン決済ほど相性が良いものは無い、と考えています。
新しいものを創り出すには、過去の遺産を引き継ぎながら、新しい切り口、新しい発想が必要となってきます。
私自身がまだ整理できていない部分も探りながら、今後『ビットコインとインディーズ』シリーズとして投稿していきたいと思います。