日本映画の年間制作本数がアメリカに比肩する600本前後という事実を知った時にはひっくり返るほど驚きました。
連綿と続く女子高生もの、登場人物がなぜか難病であったり事故で亡くなるお話、安っぽいアパートで展開される若者の恋愛や親子の葛藤、巻き舌で罵り合うヤクザもの、アニメーション、もしくはコミック・マンガ原作の実写化……こんなお話が大勢を占めているのが現状です。
皺一つない、髪一本ほつれない、汗などかくはずもないツルンとした顔ばかりの登場人物、そんな登場人物が必ずと言って良いほど叫ぶ、もしくは泣き叫びます。スナックやカラオケ店内の胸の悪くなるような装飾、アパートだろうが、田舎の一軒家だろうが、台所には同じモデルのシステムキッチンが据えてあり、家人はスーパーかコンビニのビニール袋を下げて帰ってきます。
ニトリのコートハンガーが部屋に鎮座し、奥にはプラスチックの洗濯ハンガーに、下着か靴下もしくはタオルが干してあり、コタツのテーブルの上には缶ビールやペットボトルが立ち並び、登場人物がカップ麺を啜り、食物を頬張りつつ喋り、弁護士が事務所で紙パックのジュースをストローで音を立てて飲み、挙げ句の果てには甲高い声でシャウトするタイアップ曲が流れ始める……こんな日常をスケッチングしたようなものは、私にとって映画とは思えません。
「ここ日本だし」「何がいけないの?」「リアルでしょう?」という反論が聞こえてきそうですが、「あり得るお話」「いつかどこかで見たような景色」「目の前にあるもの」「日本にしかない現実」をスケッチしたような舞台設定に、人生を生きた証の欠片もないような顔を放り込み、好き勝手に演じさせていたから、日本映画はここまで堕ちてしまったのです。
そんな映画を量産している現役の監督達が「映画監督になろう」と考える程に衝撃を受けた映画は何だったのでしょう。
現場制作スタッフの皆が、映画制作に関わりたいと思ったきっかけは、どんなものだったのでしょう。
「そんなもんない」「偶然、知り合いに誘われたから」という監督もいるでしょうし、「そんなに映画見ていないし」「周りの業界の人間も殆ど見てないよ」と動画上で豪語する監督もいました。
一方で「こんなクソみたいな映画の為に、毎日、怒鳴られ、蹴られ、寝ないで、奴隷のように働かされたのか……」という生の声を聞いたことさえあります。
その証として、現在の邦画界の現場は、若手スタッフが次々と辞めて行き、かつてないほど深刻な人手不足と聞きます。
90年代後半、私の短編映画が世界中の映画祭に招待され世界的な評価を受けた後、いざ長編映画を撮らん、と奔走すると、殆どの制作会社からは見向きもされませんでしたが、「キ◯○でアイドル映画撮らないか?」「東◯特撮で制作主任探してるけどやってみない?」と声を掛けられたり、とある家具会社の社長から瀟酒なシガールームに招待され「500万もあれば(長編)映画、撮れるっしょ」と、諭されたこともあります。
全てキッパリとお断りしました − そんなものは「映画」ではない「別の何か」にしかならないことを知っていたからです。
「多くはそこからチャンスを掴んでいく」「ピンク映画やロマンポルノ、Vシネ、アイドル映画を経て名匠になった監督もいる」「こだわりが強過ぎて潰れた人を何人も見てきた」とは、良く聞く言葉ですが、本当にそうでしょうか?
90年代にデビューした監督達、それなりに名のあった監督達の「その後」は、テレビの深夜枠のドラマを演出していたり、その他殆どの監督連中は、生活の為か、大学あるいは芸術系大学に新設された”映像科”の教授か非常勤講師に収まっているのが現実です。
技術スタッフも同様で、ちょっとでも目先の利く撮影監督等は早々に非常勤の教授や講師という”職業”を得て、その他多くは映画業界を去って転職されているようです。
映画『トラフィック』(監督 スティーヴン・ソダーバーグ)で、メキシコ麻薬密売組織の幹部が刑事たちをあざ笑いながら言う「お前らは敗戦を知らずに孤島に残った日本兵だ」という台詞を思い出します。
描き散らかした落書きのような映画ばかりを量産してきたが故に、一般市民が映画という媒体に興味を失い「コンテンツ」という代名詞で一括りにされるまでに堕ちてしまった”邦画界”という島国を作った張本人達が、自分達の糊口を凌ぐために「奴隷の様に働いても、働いても、食べていけない」予備軍を増やし続けていることに気付かない……
「こだわりが強過ぎて潰れる人」と言いますが、こだわりのない芸術家など存在しません。
こだわりのない「ヘタくそなスケッチ = 落書き」などが芸術に昇華することなど決してなく、人の目にちらりと触れ(消費され)すぐに忘れ去られる(廃棄される)だけです。
だからこそ、映画を創る以上、その脚本、撮影対象、構図、色、音楽、編集すべてに拘り抜き、フレーム毎に絵の具を塗り込むような画作りをしなければ、残りの人生ずっと後悔することになると思うのです。